この度,栄えある日本ペプチド学会賞を「ペプチド化学に基づく蛋⽩質機能調節分⼦の創製」というタイトルで受賞することができました。選考に当たられました委員の先⽣⽅及び⽇本ペプチド学会の関連の先⽣⽅に厚く御礼申し上げます。本研究はもとより⼀⼈では遂⾏不可能であり,何よりも先に研究遂⾏に協⼒いただきました⼤学院⽣・学部⽣の皆様ならびにご協⼒いただきました共同研究者の先⽣⽅に⼼より御礼申し上げます。私はこれまで,京都⼤学薬学部,京都薬科⼤学薬品化学教室(分野),⼤阪⼤学蛋⽩質研究所,京都府⽴医科⼤学,と多様な学部・学科に在籍する機会を得,多くの共同研究者に恵まれることができました。本受賞はこれら共同研究者のご協⼒の賜物でありお⼀⼈ずつのお名前を記すべきではありますが,紙⾯の都合上,以下研究概要の紹介にとどまりますことを何卒ご容赦いただきますようお願い申し上げます。

1. アミノ酸・ペプチドの合成化学研究

私は京都⼤学薬学部でペプチドの液相合成研究を始め,1970年代以降数多く報告されるようになった⽣理活性ペプチドの最初の全合成を⽬指した合成研究に携わっておりました。特に,当時合成上の制約が多かったシステイン残基を多く含む⼩型蛋⽩質の液相全合成研究にチャレンジし,その過程でシリルクロリドを⽤いる新しいジスルフィド架橋形成反応を⾒出すことができました。さらに,この新規架橋反応を従来法と組み合わせることで位置選択的架橋法によるヒトインスリンの全合成を⾏うことができました。

それまでのインスリン全合成では,ジスルフィド結合形成に空気酸化法が⽤いられていましたが,副⽣物の⽣成による⼤幅な収率低下が避けられませんでした。インスリンが極めてコンパクトにフォールディングされた⼩型蛋⽩質であったためです。私は,上記シリルクロリド/スルホキシド法を⽤いればチオール保護基の除去とジスルフィド架橋反応を⼀挙に⾏えることに着⽬し,3本のジスルフィド架橋を位置選択的に順次形成させる⼿法でヒトインスリンを全合成しました(図1)。本研究により,ペプチドの液相合成に関する研究にいったん⼀区切りをつけることができたと感じています。

2. ⾼活性縮合剤の開発と天然物合成への展開

天然には含硫異常アミノ酸を含む多様な⾻格構造を持った天然物が多く知られています。チオール含有異常アミノ酸の⼀つにαメチルシステイン(α-MeCys)があり,α-MeCys 含有ペプチドからはチアゾリンなどの特徴的な含硫天然物⾻格が⽣合成されます(図2)。しかし,⽴体障害の⼤きい α-MeCys の効率的縮合法がきわめて限られていたため,α-MeCys 含有前駆体ペプチドから⼀挙に複数のチアゾリン⾻格を形成する合成は困難とされていました。そこで,⽴体障害の⼤きな α,α ジ置換アミノ酸の効率的縮合を可能にする新規縮合剤 CIP を開発し(図3),複数の α-MeCys 残基の効率的縮合に応⽤しました。

さらに,得られた鎖状ペプチドから複数のチアゾリン⾻格を⼀挙に形成することで (−)-Mirabazole C の全合成を⾏いました。また,本縮合剤を α,α ジ置換アミノ酸と同様に縮合困難とされていた N メチルアミノ酸の固相担体上縮合に応⽤することで,Dolastatin 15(図4)の全合成も達成できました。

3. 構造解析に基づく蛋⽩質機能調節分⼦の創製

ついで,これまでの研究で蓄積されたアミノ酸⾻格への⽴体選択的官能基導⼊⼿法を,疾患関連蛋⽩質の機能調節分⼦創製に応⽤する研究に取り掛かりました。蛋⽩質機能調節分⼦が本来のリガンドよりも標的蛋⽩質に対する⾼い親和性を⽰すためには,厳密に制御された⽴体配置を有する特定の官能基が必要とされます。この特定の構造構築にこれまでの研究⼿法を有効に⽣かせると考えたためです。標的蛋⽩質としてプロテアーゼを選択し,プロテアーゼの安定供給系と活性評価系を構築することから研究を始めました。蛋⽩質の安定供給を基盤とするこのような研究の進め⽅は,⼤阪⼤学蛋⽩質研究所在籍時の経験から得られた独⾃の研究展開法の1つであると思っております。

主要な研究の1つとして,システインプロテアーゼを標的とする阻害剤研究について紹介いたします。SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome;重症急性呼吸器症候群)は,新型コロナウイルスを感染源とする新興呼吸器疾患ですが,未だ有効な治療薬がありません。そこで,この原因ウイルスの増殖に必須であるシステインプロテアーゼ SARS 3CL protease(SARS 3CLpro)に着⽬し,この⼤量発現系と酵素活性評価系を構築しました。この過程で,鍵となる1残基のアミノ酸置換によって⾃⼰分解抵抗性変異型 SARS 3CLpro の⼤量調製が可能であることを⾒出しました。阻害剤研究では,SARS 3CLpro の基質配列をもとに相互作⽤基であるアルデヒド基の導⼊や側鎖構造の最適化により,きわめて⾼い阻害能を持つペプチドアルデヒド型阻害剤を設計することができました。SARS 3CLpro と阻害剤との複合体 X 線結晶構造解析に基づく効率のよい構造設計が可能となったことが研究進展の鍵となりました(図5)。現在,このペプチドアルデヒド型阻害剤をリードとする新規⾮ペプチド型縮環⾻格を持った阻害剤設計と構造最適化研究を進めています。

もう1つの研究例として,アスパルテックプロテアーゼ阻害に基づくアルツハイマー病(AD)治療薬開発研究を紹介いたします。AD の発症にはアミロイドβペプチド(Aβ)が深く関与しており,Aβ産⽣過程の第⼀段階となる BACE1(β-site APP cleaving enzyme)の阻害剤は有望なAD 治療薬候補となります。BACE1 阻害剤開発では,基質遷移状態 mimic を⾼親和性基質配列ペプチドに組み込む⼿法を採⽤しました。中⼼官能基である⽔酸基の⽴体配置が異なる候補化合物をそれぞれ⽴体選択的に合成し活性を評価したところ,遷移状態 mimic ⾻格のわずかな差異により必要な⽔酸基の⽴体配置が逆転するという興味深い結果を得ることができました(図6)。現在,これら複合体結晶構造で明らかになった相互作⽤解析をもとに,新規相互作⽤部位の導⼊や環状化による⾮ペプチド化とその構造最適化研究を進めています。

以上,これまで⾏ってまいりましたペプチド化学に基づく蛋⽩質機能調節分⼦の設計と評価に関する研究概要を紹介させていただきました。酵素を標的とする機能調節分⼦設計にとどまらず,膜受容体蛋⽩質へも対象を広げた新たな研究展開が可能になるよう⼀層精進したいと思っております。これまでご指導ご協⼒いただきました諸先⽣⽅にあらためて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。