はじめに

この度は⽇本ペプチド学会奨励賞という伝統ある本賞を頂戴し,⼤変光栄に思っております。学会⻑の⾚路先⽣をはじめ,理事,幹事,評議員,選考委員の諸先⽣⽅に本紙⾯をお借りして,⼼より御礼申し上げます。また,本受賞を受けるにあたり⾮常に嬉しく思うとともに,今後も我が国のペプチド科学の発展と(⾃分より)若⼿の研究者を育てることに,やりがいと⼤きな責任を感じています。

筆者は京都⼤学⼤学院薬学研究科・藤井信孝教授のもとで学位を取得後,⽶国ペンシルバニア⼤学の Jeffrey W. Bode 教授(現スイス⼯科⼤)の研究室にて博⼠研究員として約1年間研究留学する機会を頂き,2009年5⽉から東京医科⻭科⼤学⽣体材料⼯学研究所・⽟村啓和教授のもとで助教を務めさせていただき,2013年10⽉より静岡⼤学⼤学院総合科学技術研究科にて教育研究に従事しています。現在は,カルベン型有機分⼦触媒の開発研究やHIV 侵⼊阻害剤の創製研究に加え,ペプチドを中⼼とする機能性分⼦を起点に⽣命現象を科学する分⼦科学研究を⾏なっております。

この度は,受賞の対象となりました「ペプチド結合等価性に着⽬した⾼次機能性分⼦の創製」について寄稿する機会を頂きましたが,同様な内容で2年前に寄稿させて頂いておりますので,前回とは違う⾓度から研究内容について紹介させて頂きたいと思います。

ペプチド結合に含まれるカルボニル炭素は,アルデヒドやケトンに⽐べ,反応性が著しく低いため,ペプチド結合は半減期が約400年と⾒積もられるほど化学的に安定な結合ですが1,⽣体内においては加⽔分解酵素によって容易に分解されてしまいます。これはペプチド性医薬品の⽣物学的利⽤能を減少・消失させる根本的な問題であるため,易⽔解性の問題を解決する信頼性の⾼い⼿法の開発は,ペプチド性医薬品の開発を加速することが期待されます。

筆者が本稿にて紹介するペプチド結合等価体は,ペプチド結合の特徴に着⽬して精巧な分⼦設計のもとに開発されたイソスター分⼦(似て⾮なる分⼦)の総称であり,現代の創薬研究において重要なバイオイソスターとして位置づけられています2。⼤別すると,ペプチド結合が加⽔分解される遷移状態をミミックした遷移状態模倣型と,ペプチド結合の基底状態をミミックした基底状態模倣型の⼆種類があります。なかでも,基底状態において⼆重結合性を有するペプチド結合を模倣したアルケン型ペプチド結合等価体は,ペプチドの構成成分であるアミノ酸の側鎖に由来する様々な官能基はそのままに,ペプチダーゼによる加⽔分解を受けないことから,ペプチド結合の易⽔解性の問題に応える技術として,近年特に注⽬を集めています(図1)3–5。

筆者がアルケン型ペプチド結合等価体に出会ったのは早稲⽥⼤学学部3年⽣の時で,とても理にかなったことを考える⼈がいるものだと衝撃を受けた記憶があります。ですが,ペプチド結合を炭素–炭素⼆重結合に置換するのは⾔うほど簡単ではなく,5-アミノペンテン酸の中に,アミノ酸側鎖に相当する⼆つの不⻫点と,ペプチド結合に相当するオレフィンの幾何異性を⽴体選択的に構築する必要があり,(E)-アルケン型ジペプチドイソスターの代表的な合成法でもアミノ酸からはじめて10⼯程ほど必要とします。また,アルケン型ペプチド結合等価体が活躍すべきは合成ターゲットとしてではなく,ペプチドに導⼊したあとの応⽤展開ですが,⽬的の化合物合成が難しく⾏き詰まった結果,当初予定していた応⽤研究が合成研究で終わってしまうこともあり,いろんな意味で思い⼊れのある分⼦です。このような経験を通して,ペプチドミメティックを開発することがいかに難しいか痛感し,それと同時にペプチドの機能を最⼤限活かせる機能性分⼦を開発することにやりがいを感じるようになりました。

筆者が研究を開始した当時,フルオロアルケン型ジペプチドイソスターは,フッ素原⼦に由来する⽴体電⼦効果によって理想的なペプチド結合等価体として考えられていたものの6,⽴体選択的合成法が確⽴されておらず,⽣理活性ペプチドへの応⽤は⾮常に限定的でした。そこで,まずは合成上の問題を解決しないことには先に進めないと考え,藤井先⽣のご指導のもと,フルオロアルケン型ジペプチドイソスターの合成研究から着⼿しました。⼤⾼章先⽣(現徳島⼤学教授)はγ位に2個のフッ素原⼦を有する , -不飽和カルボニル化合物が特異な反応性を⽰すことを報告しており7,これを応⽤することでフルオロアルケン型ジペプチドイソスターの合成法を開発できると考えました。そこで,γ位に2個のフッ素原⼦を有する , -不飽和カルボニル化合物に対し,有機銅試薬を作⽤させることで銅ジエノラート中間体へと誘導し,続いてスズジエノラートへのトランスメタル化,さらに不⻫アルキル化反応をワンポットで⾏うことによって,フルオロアルケン型ジペプチドイソスターの⾼効率かつ⾼ジアステレオ選択的合成法を開発することができました(式1)8。さらに,本⼿法の起点となったγ位に2個のハロゲン原⼦を有する , –不飽和カルボニル化合物の特異な反応性は,クロロアルケン型ジペプチドイソスターの⽴体選択的合成法の開発にも応⽤することができました(式2)9,10。本合成法では,本来電⼦的かつ構造的に等価である2個の塩素原⼦が,不⻫中⼼に隣接することでジアステレオトピックな関係になり,⼀⽅のみが脱離基として機能することで,アリル位アルキル化反応においてアンチ体をジアステレオ選択的に与えます。(E)-アルケン型ジペプチドイソスター合成の􎼗反応となる古典的なアリル位アルキル化反応が脱離基の⽴体化学に依存する1,3-不⻫誘導であるのに対し,本反応では位不⻫中⼼を⾜がかりとする1,4-遠隔不⻫誘導を伴うことが⼤きな特徴で,合成化学的に価値の⾼い合成法を開発することができました。

これら合成法を基盤として,これまでに多種多様なハロアルケン型ジペプチドイソスターを合成し,CXCR4 アンタゴニスト(図2)11,12 やHIV 膜融合阻害剤13 をはじめとする⽣理活性ペプチドに応⽤することで,種々のペプチドミメティックスを創製することにも成功し,筆者らが開発した合成法が,汎⽤性に優れたハロアルケン型ペプチド結合等価体の合成法であることを⽰すことができました。実際,これまでに海外も含め複数の研究者から合成法のコツやテクニックについて問い合わせをもらうこともあり,⾃分の開発した合成法を⾃分以外の研究者が使ってくれていることはとても嬉しく次の研究のモチベーションにもなりました。

図2 CXCR4 アンタゴニスト:FC131 とそのフルオロアルケン型ジペプチドイソスター誘導体

これら研究内容に関する発表の質疑応答で,「結局どのペプチド結合等価体が優れているのか?」という質問をいただくことがしばしばあります。そもそも複数のアルケン型ペプチド結合等価体を同じ⽣理活性ペプチドで⽐較した例が少ないことを踏まえた上で,「ケースバイケース」というのが正直なところです。例えば,ペプチド結合を(E)-オレフィンで置換した(E)-アルケン型ジペプチドイソスターに⽐べ,(Z)-フルオロアルケン型ジペプチドイソスターが構造的にも静電的にもより優れたペプチド結合等価体であることがよく議論されています。これは,フッ素原⼦が酸素原⼦とファンデルワールス半径が近く,⾼い電気陰性度を有していることから,カルボニル酸素等価体として,フッ素原⼦を導⼊したフルオロアルケン⾻格が,より優れたペプチド結合の等価置換を可能にするというアイディアに基づくものです。実際,Allmendinger らはサブスタンス P における応⽤研究において,単純なアルケンに⽐べ,フルオロアルケンがより優れたバイオイソスターとして機能することを報告しています14。⼀⽅で,藤井先⽣らの GPR54 アゴニスト15 や PEPT116 における応⽤研究では,逆に単純なアルケンの⽅が優れていることもあり,(Z)-フルオロアルケン型ジペプチドイソスターの優位性は普遍的なものではないことが明らかになっています。

しかし,(E)-アルケン型ならびに(Z)-フルオロアルケン型ジペプチドイソスターのどちらのペプチド結合等価体においても,もとのペプチドに⽐べ⽣物活性が⼤幅に低下することが多いことも事実です。その原因の⼀つとして,これらペプチド結合等価体は,本来のペプチドが持つ⼆次構造を完全にはミミックできていないことが挙げられます17。そこで,近年筆者らはフッ素原⼦よりファンデルワールス半径が⼤きい塩素原⼦に着⽬し,ペプチド結合をクロロオレフィンに置換したクロロアルケン型ジペプチドイソスターを⽤いる創薬研究を進めています。クロロアルケン⾻格によるペプチド結合の等価置換は,1996年に Waelchli らによって報告されているものの18,Allmendinger らが報告した(Z)-フルオロアルケン型ジペプチドイソスターのインパクトが強く,フッ素原⼦の医薬品化学的価値の向上に加え,合成上の問題も重なり,クロロアルケン型ジペプチドイソスターはしばらく時代から姿を消していました。上記に⽰した通り,筆者らは最近クロロアルケン型ジペプチドイソスターの効率的合成法を開発し,X 線結晶構造解析(図3)から,クロロオレフィンが1,3-擬アリル歪みを模倣することで,ジペプチド主鎖⾻格の2つの⼆⾯⾓(ϕ ⾓および ⾓)を制御可能であることを明らかにしました。これらの結果を踏まえ,今後はクロロアルケン型ジペプチドイソスターの応⽤研究,そして真の意味でペプチド性医薬品の開発を加速する新たなペプチド結合等価体を開発していきたいと考えています。

おわりに

以上,筆者が携わってきたアルケン型ペプチド結合等価体の創製研究について概説しました。アルケン型ペプチド結合等価体は,酵素によって加⽔分解されるペプチド結合を,構造的相同性が⾼いアルケン⾻格で置換する典型的な等価置換であり,ペプチドの全体構造を⼤きく変えず,加⽔分解耐性を付与する化学的⼿法として広く研究されています。さらに,アルケン型ペプチド結合等価体が⽔素結合形成能を持たないことを利⽤して,特定のペプチド結合の⽔素結合に限定して,その機能や⽣物活性への寄与を解析するケミカルツールとしても有⽤です。このようにペプチド結合等価体は機能性分⼦として⾼いポテンシャルを有しているにも関わらず,合成化学がボトルネックとなり,異なるペプチド結合等価体を⽤いる⽐較研究や,タンパク質レベルでの応⽤研究は未だ報告例が少ないのが現状です。今後の研究によって,誰もが気軽に使える機能性分⼦へと深化させ,ペプチド科学を中⼼としたさまざまな関連分野の発展に微⼒ながら貢献していきたいと思います。また,本稿では記載しませんでしたが,アミド結合をアルケンに置換する等価置換の逆転の発想として,アルケンをアミド結合に置換する等価置換によってクマリンの⽔溶性を向上させ,超⾼感度光感受性アザクマリン型保護基の開発にも成功しています19,20。本稿で紹介したペプチド結合の特徴に基づく等価置換は,機能性分⼦やケミカルツールの創製研究の発展に今後も貢献できると期待しています。

最後になりましたが,本稿で紹介させていただいた研究は,京都⼤学⼤学院薬学研究科の藤井信孝先⽣,⼤野浩章先⽣,⼤⽯真也先⽣,東京医科⻭科⼤学の⽟村啓和先⽣,野村渉先⽣のご指導とご協⼒のお陰で遂⾏することができました。また,本研究の遂⾏にあたり,筆者の思いつきを形にしてくれた⾼野皓博⼠,⼩早川拓也博⼠をはじめ,多くの学⽣諸⽒,共同研究者の先⽣⽅に⼼より御礼を申し上げます。また,(⾒た⽬とは異なり)まだまだ未熟な研究者であることを⼼に刻み,⽇々謙虚な姿勢で教育研究に向き合い,後進の育成,そしてペプチド科学の発展に貢献していく所存です。今後ともご指導ご鞭撻のほど,よろしくお願いします。

参考⽂献

  1. Radzicka, A.; Wolfenden, R. J Am Chem Soc 1996, 118, 6105–6109.
  2. Meanwell, N. A. J Med Chem 2011, 54, 2529–2691.
  3. ⼤⽯真也;鳴海哲夫;⼤野浩章;⼤⾼章;藤井信孝有機合成化学協会誌2008,66,846–857.
  4. Choudhary, A.; Raines, R. T. ChemBioChem 2011, 12, 1801–1807.
  5. 鳴海哲夫;⼤⾼章ペプチド医薬品のスクリーニング・安定化・製剤化技術(技術情報協会編);技術情報協会;東京,2017,130–140.
  6. Abraham, R. J.; Ellison, S. L. R.; Schonholzer, P.; Thomas, W. A. Tetrahedron 1986, 42, 2101–2110.
  7. Otaka, A.; Mitsuyama, E.; Watanabe, H.; Tamamura, H.; Fujii, N. Chem Commun 2000, 1081–1082.
  8. Narumi T.; Niida A.; Tomita K.; Oishi S.; Otaka A.; Ohno H.; FujiiN. Chem Commun 2006, 4720–4722.
  9. Narumi, T.; Kobayakawa, T.; Aikawa, S.; Seike, S.; Tamamura, H. Org Lett 2012, 14, 4490–4493.
  10. Kobayakawa, T.; Narumi, T.; Tamamura, H. Org Lett 2015, 17, 2302–2305.
  11. Narumi, T.; Tomita, K.; Inokuchi, E.; Kobayashi, K.; Oishi, S.; Ohno, S.; Fujii,N. Tetrahedron 2008, 46, 4332–4346.
  12. Narumi, T.; Hayashi, R.; Tomita, K.; Kobayashi, K.; Tanahara, N.; Ohno, H.; Naito, T.; Kodama, E.; Matsuoka, M.; Oishi, S.; Fujii, N. Org Biomol Chem 2009, 3805–3809.
  13. Oishi, S.; Kamitani, H.; Kodera, Y.;Watanabe, K.; Kobayashi, K.; Narumi, T.; Tomita, K.; Ohno, H.; Naito, T.; Kodama, E.; Matsuoka, M.; Fujii, N. Org Biomol Chem 2009, 2872–2877.
  14. Allmendinger, T. A.; Furet, P.; Hungerbuhler, E. Tetrahedron Lett 1990, 31, 7297–7300.
  15. Tomita, K.; Narumi, T.; Niida, A.; Oishi, S.; Ohno, H.; Fujii, N. Biopolymers: Peptide Science 2007, 88, 272–278.
  16. Niida, A.; Tomita, K.; Mizumoto, M.; Tanigaki, H.; Terada, T.; Oishi, S.; Otaka, A.; Inui, K.; Fujii, N. Org Lett 2006, 8, 613–616.
  17. Jacobsche, C. E.; Peris, G.; Miller, S. J. Angew Chem Int Ed 2008, 47, 6707–6711.
  18. Waelchli, R.; Gamse, R.; Bauer, W.; Meigel, H.; Lier, E.; Feyen, J. H. M. Bioorg Med Chem Lett 1996, 6, 1151–1156.
  19. Narumi, T.; Takano, H.; Ohashi, N.; Suzuki, A.; Furuta, T.; Tamamura, H. Org Lett 2014, 16, 1184–1187.
  20. Takano, H.; Narumi, T.; Ohashi, N.; Suzuki, A.; Furuta, T.; Nomura, W.; Tamamura, H. Tetrahedron 2014, 70, 4400–4404.