この度は,日本ペプチド学会奨励賞という名誉ある賞を頂戴し,大変光栄に存じます。学会長の赤路健一先生をはじめ,理事,幹事,評議員,また選考委員の諸先生方に本紙をお借りして心より御礼申し上げます。本稿では,受賞研究である「人工的化学変換を基盤としたアミロイドペプチド・タンパク質の機能制御」について概説させて頂きます。
1. はじめに
私は,京都薬科大学3年生の秋に木曽良明先生(現 長浜バイオ大学)の研究室に配属され,はじめてペプチド科学の世界に入りました。木曽先生のご指導のもと学位を取得,続いて1年間日本学術振興会特別研究員(PD)としてペプチド研究に従事しました。当時のテーマは,アルツハイマー病に関わるとされるアミロイド β ペプチド(Aβ)1–42(図1A)の誘導体 “光クリックペプチド” の開発でした\refno{1,2}。本ペプチドは Aβ主鎖中に組み込んだ O-アシルイソペプチド構造によって “非凝集性” である一方,光照射をトリガーとして分子内 O–N アシル転位反応を起こし,“凝集性” のネイティブ Aβ1–42 に化学変換されます(図1B)。この研究を通して,化学構造を理解し,化学反応を駆使すれば,天然産物の機能でさえも人工的に操ることができることに,大変興味を持ちました。
医薬品医療機器総合機構で2年間勤務した後,東京大学大学院薬学系研究科 ERATO 金井触媒分子生命プロジェクトのグループリーダーとして就任が決まっていた相馬洋平先生からお話を頂き,私も当プロジェクトに発足時から参加させて頂くことになりました。ここで再び,Aβ の凝集制御を取り扱うことになりました。しかし,今度は “凝集性” のネイティブ Aβ1–42 を “非凝集性” の改変型 Aβ に誘導するという,京都薬科大学時代とは逆スペクトルの化学変換に着手しました(図1C)。以下,その研究についてご紹介します。
2. 光酸素化による Aβ の凝集・毒性制御
\includegraphics[width=73truemm]{5_taniguchi/taniguchi_fig02} \caption{(A)フラビン光酸素化触媒,(B)酸素化による Aβ の凝集及び毒性発現の抑制}
金井 ERATO では,触媒分子を用いて生命現象の解明や治療法の開発に切り込むという目標を掲げていました。その一環で私は,触媒反応を用いて Aβ を無毒化するテーマを担当しました。これは,アルツハイマー病の新しい治療戦略につながる可能性があります。すでに,Aβ の35位 Met 側鎖がスルホキシド型になった Aβ 種は凝集性,毒性が低いことが報告されていましたので\refno{3,4},スルフィドをスルホキシドにする反応をいくつか検討しました。しかし,そのほとんどは水系溶媒中や希釈条件下で十分に進行しませんでした。その中で,リボフラビン(1, 図2A)を光触媒として用いる反応\refno{5}は,生理的条件下(水系,pH 中性,37℃)で効率的に Aβ の酸素化を起こしました。酸素化修飾は,35位 Met の他に,10位 Tyr,13及び14位 His においても起こっていました(図1A, C)\refno{6}。本反応で用いるリボフラビンと可視光は比較的細胞に優しい点,酸素原子源として生体環境に存在する酸素分子を利用できる点から,本反応は生体適用の観点で好都合と考えられます。
本酸素化反応は予想どおり,Aβ 凝集を低減しました。次に Aβ 毒性に関する細胞実験に進みましたが,この時細胞存在下で Aβ の酸素化を起こすために,触媒を Aβ に隣接させる必要がありました。ちょうど当時,私のプラッテの隣で Aβ 親和性ペプチドを用いた凝集阻害の研究が行われていましたので,その中の一つを拝借し,Aβ リガンドとしてフラビン触媒に連結させました。この触媒2(図2A)を用いると,細胞共存下において生細胞へのダメージをある程度抑えつつ,Aβ を光酸素化することが可能となりました。また,2又は光照射を用いない(酸素化を起こさない)対照実験との比較から,本酸素化は有意に Aβ の細胞毒性を低減することが示されました\refno{6}。
大変興味深いことに,この酸素化 Aβ をネイティブ Aβ に添加したところ,ネイティブ Aβ の凝集及び細胞毒性の発現を阻害しました\refno{6}。つまり,酸素化反応は凝集性の Aβ を,非凝集性の分子種に変換すると同時に,凝集阻害剤に変換していると言えるかもしれません。以上のように,光酸素化反応は Aβ の凝集や毒性発現に対して非常に大きなインパクトを与えることが明らかとなりました(図2B)。
3. スイッチ触媒による Aβ 選択的光酸素化
\includegraphics[width=125truemm]{5_taniguchi/taniguchi_fig03} \caption{(A)チオフラビン-T とスイッチ光酸素化触媒,(B)スイッチ機能のメカニズム(ヤブロンスキー図)}
チオフラビン T(ThT: 図3A)は,Aβ のアミロイド高次構造(クロスβシート構造)に依存して蛍光を発する色素であり,このユニークな特性を利用して Aβ の凝集評価に汎用されています。私も ThT 蛍光アッセイを学生時代から使用していましたので,その特性にずっと興味がありました。調べてみると,それはとても合理的なメカニズムから生み出されていることを知りました。簡単に説明しますと,ThT は電子ドナー部と電子アクセプター部が単結合でつながった化学構造を持っており,光励起されると(図3B 中の i),その単結合を軸に回転してねじれた分子内電荷分離状態(S1‘),いわゆる twisted intramolecular charge transfer(TICT)状態をとります(ii)。その結果、蛍光を発さない経路で緩和されます(iii)。一方,Aβ に結合した ThT ではその単結合における回転が制限されるために TICT 状態をとれず,代わりにエネルギーを蛍光として放出することで緩和します(iv)\refno{7}。私はこの ThT のスイッチ機能とリボフラビンの光酸素化触媒機能を融合できないかと考えました。そこで開発したのが触媒3(図3A)です。本触媒では,励起一重項状態(S1)から三重項状態(T1)への項間交差(図3B 中の v)を促進する重原子効果を期待して,臭素原子が導入されています。この三重項状態はエネルギーを分子酸素(3O2)に移し,酸素化を起こす一重項酸素(1O2)を産生します(vi)。さらに,強い電子ドナー性を有するジュロリジン構造を導入して吸光スペクトルのレッドシフトを起こすことで,3はリボフラビン同様,細胞実験で利用可能な 500 nm の可視光で効率的に Aβ 酸素化を起こしました。また,3はフラビン触媒2よりはるかに高い Aβ 選択性で酸素化を起こしました\refno{8}。これは,2は光照射下で常に酸素化活性を有するため,Aβ から離れた時に標的外分子の酸素化を招く一方,3は ThT に由来するスイッチ機能のため,Aβ に結合した時にのみ活性を発現するためです。
触媒3を用いた酸素化によって Aβ 凝集が低減されました。次に細胞実験においては,3自身に細胞毒性が認められましたが,2で用いた Aβ 親和性ペプチドを導入した4(図3A)とすることでその毒性を払拭しました。4の高選択的酸素化によって,Aβ 毒性を低減することができました\refno{8}。
4. おわりに
以上,我々が近年展開してきた,光酸素化反応を基盤とする Aβ の凝集制御についてご紹介しました。本稿では割愛しましたが,スイッチ触媒を用いた酸素化を,Aβ 以外のアミロイドペプチド・タンパク質に応用することも成功しております\refno{8}。また,生体での使用により適した,組織透過性の高い近赤外光で励起可能なスイッチ触媒も開発しております。新しいアミロイド病の治療戦略を目指して,更なる発展を期待します。
最後になりましたが,今回紹介させて頂いた Aβ 光酸素化に係る研究は,東京大学 金井 ERATO プロジェクトにて行われたものであり,多大なご支援及びご助言賜りました金井求先生,相馬洋平先生,そして共同研究者の皆様方に深く感謝致します。また,本奨励賞にご推薦頂き,現在の直属上司として大変お世話になっております東京薬科大学 林良雄先生に改めて御礼申し上げます。最後に,学生時代から温かくご指導頂き,日本ペプチド学会へのきっかけを作って頂いた木曽良明先生に心より感謝申し上げます。まだまだ未熟な身ではございますが,これから本学会の発展に貢献できるよう,精進していく所存ですので,今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
参考文献
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