2017年11⽉20⽇から3⽇間にわたり⼤阪府⽴⼤学中百⾆⿃キャンパスで開催された第54回ペプチド討論会において,英語での⼝頭発表という初めての貴重な体験をさせていただきました。その中で若⼿⼝頭発表最優秀賞を頂くことができました。本稿では、発表した研究内容である「Histidines in L17E endosome-destabilizing peptide」について紹介させていただきます。

細胞質内へのタンパク質デリバリーにおいて,エンドソームからの脱出は⼤きなボトルネックであると⾔えます。この問題を打開するために,京⼤⼆⽊研究室ではエンドソーム不安定化ペプチドの開発に取り組んできました。その中で私たちはクモ毒由来の細胞膜傷害性ペプチドの配列を改変することで,エンドソーム不安定化能をもつペプチド「L17E」の開発に成功しています1。L17E は,抗体をはじめとする⾼分⼦とともに細胞に取り込まれることで,エンドソームに取り込まれた⾼分⼦を効果的に細胞質内に送達する能⼒を有していると考えられます(図1)。L17E はエンドソーム膜を不安定化する際に,エンドソーム成熟に伴う酸性脂質の増加を認識して不安定化能を発揮するという点で,その他の⾼分⼦細胞内導⼊試薬とは⼤きく異なっており,優れた細胞質内送達能を発揮できていると⾔えます。

私はこのL17E のエンドソーム不安定化能をさらに⾼めることができれば,より効率的な⾼分⼦の細胞内送達が可能になり,エンドソーム不安定化ペプチドを⽤いた細胞機能のより詳細な解明,さらにはよりクリニカルな⽅⾯への応⽤が可能になるのではないか,と考えました。そのため,本研究の⽬的は,より⾼いエンドソーム不安定化能を有する L17E 変異体を⾒出すこととし,研究を進めてきました。本研究ではエンドソームの成熟化に伴う L17E 配列中の電荷の変化に注⽬しました。エンドソームが成熟するにしたがって,pH は細胞外の中性 pH(〜7.4)から後期エンドソーム内の酸性 pH(〜5.0)まで減少します。この pH 減少にしたがって,L17E 中の2つのヒスチジン残基がプロトン化します。このヒスチジンのプロトン化はペプチドのカチオン性を⾼める⼀⽅で,ペプチドの疎⽔性を低下させます。ペプチドの疎⽔性の低下は,ペプチドとエンドソーム膜との間の相互作⽤を減弱させると考えられるため,ヒスチジン残基の存在は低 pH 条件下での L17E とエンドソーム膜間の相互作⽤を阻害していると⾔えます。このことから,私はヒスチジン残基を除くことで,L17E とエンドソーム膜間の相互作⽤が増強されるのではないかと考えました。私はまず,L17E 中の2つのヒスチジン残基をアラニン残基に置換(H-to-A 置換)したペプチド HA/E1 を得ました。しかし,この HA/E1 は細胞毒性を有していることが予備実験から分かりました。そこで,L17E と同様の物性およびエンドソーム不安定化能をもつ L17E 類縁体の L17E/Q21E に,H-to-A 置換を加えたペプチド HA/E2 を得ました。この HA/E2 はHA/E1 と異なり細胞毒性を⽰さなかったため,以後の実験では L17E と HA/E2 を⽐較しました。

まず,⾼分⼦の細胞質内への送達能を評価するために,⾼分⼦モデルとして蛍光標識デキストラン(10 kDa)を⽤い,デキストランとペプチドを培地に添加してインキュベートし、1時間後のデキストランの細胞内局在を共焦点レーザー⾛査型顕微鏡によって評価しました。蛍光標識デキストランはエンドソームマーカーとして頻⽤されており,ペプチド⾮存在下ではエンドソームに局在して点状のシグナルを⽰します。⼀⽅ L17E 存在下では,エンドソームに滞留するはずのデキストランがサイトゾル全体に分布している様⼦が確認されました。このことから,L17E はエンドソーム膜を不安定化することによって,本来はエンドソームにとどまるはずのデキストランを細胞質へ脱出させていると考えられます。ここで,HA/E2 とデキストランを共投与すると,L17E と同様にエンドソームに滞留するはずのデキストランのシグナルがサイトゾル全体で確認されました。またそのようなシグナルを⽰す細胞の割合は L17E よりも有意に多くの細胞で⾒られました。この結果は HA/E2 が L17E よりも⾼いエンドソーム不安定化能を有していることを⽰唆するものであります。

こうして当初の⽬的であった L17E よりも⾼いエンドソーム不安定化能を有した L17E 変異体を⾒出せた私は,次に H-to-A 置換が L17E の物性にどのような変化を与えたのかについて着⽬しました。

最初に私はペプチドの持つ膜傷害性を,蛍光⾊素を封⼊したリポソームからの⾊素漏出試験から評価しました。酸性脂質を含むリポソームに対して HA/E2 は,pH 7.4 の条件よりも pH 5.0 の条件でより低濃度で膜傷害性を発揮しました。このことから HA/E2 は低 pH 選択的な膜傷害性を有していることが分かりました。さらに,後期エンドソーム膜を模したリポソームとして酸性脂質を含み pH が5.0の条件のリポソームに対し,L17E および HA/E2 を加えたところ,HA/E2 は L17E と⽐較してより低い濃度でリポソーム膜を傷害していることがわかりました。このことから,H-to-A 置換によって,低 pH 条件で HA/E2 は L17E よりも⾼い膜傷害性を獲得していることが分かりました。ヒスチジン残基の除去によって低 pH 条件下でのペプチドと酸性脂質膜との相互作⽤が増強されたことが物理アッセイからも⽰唆されました。

次に私は酸性脂質を含むリポソーム存在下でのペプチドのヘリックス含有率を CD スペクトルから評価しました。L17E は正電荷に富み⾼いヘリックス性を持つ⼀般的な膜傷害性ペプチドとは異なり,ほとんどヘリックス構造をとりません。⼀⽅,HA/E2 は中性 pH では L17E と同様にほとんどヘリックス構造をとらなかったのに対して,酸性 pH では強いヘリックス構造を形成していました。

今後はさらなる活性向上体の創出,ならびに応⽤へとつなげていきたいと考えております。

本研究は,京都⼤学化学研究所⼆⽊史朗先⽣のご指導の下⾏いました。⼆⽊先⽣にはこの場を借りて深く感謝いたします。最後になりましたが,このような執筆の機会を頂きました⽇本ペプチド学会の役員の先⽣⽅,また,今回のペプチド討論会でお世話になりました⼤阪府⽴⼤学の藤井郁雄先⽣ならびに審査員の先⽣⽅,また受賞に際しご⽀援いただいたすべての皆様へ厚く御礼申し上げます。

参考⽂献

  1. Akishiba, M.; Takeuchi, T.; Kawaguchi, Y.; Sakamoto, K.; Yu, H.; Nakase, I.; Takatani-Nakase, T.; Madani, F.; Fatemeh, M.; Astrid, G.; Futaki, S. Nat Chem 2017, 9, 751–761.